天然温泉 内湯 |
癒しの宿![]() |
![]() アルカリ性単純温泉 |
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| 内湯 美人の湯 |
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婦人の湯 も有ります |
| 朝日が湯舟に浴びながら「あ〜あ、いい油だナ」 | ||||
| 外湯 徒歩3分 |
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望みの湯 も有ります |
| 露天風呂、 | 暁の湯 | ハイキングの後も |
| 暁の湯(徒歩3分) | 望みの湯(徒歩8分) | 馬曲温泉(車25分) | 湯滝温泉(車10分) | |
| 戸 狩 温 泉 | 木島平村 | 飯山市 | ||
| 宿舎から露天風呂までの見どころ(徒歩3分歩きながら) |




| @地蔵尊の天井絵 | A殉難の石仏 | B民家と看板 | C自然庭園 |




| Eおみやげ店 | Fあじさい寺高原院 | Gあかつきの橋 | H食事処 |
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| 戸狩温泉 の歴史 |
平成3年6月あらゆる調査と研究の結果遂に待望の温泉脈を当てる事に 成功しました。翌平成4年「望みの湯」も開湯しました 温度・41,2度・深さ・1,081m・湯量(毎分)420g・ 掘削・ドリコ株式会社(成沢技師)・温泉権、戸狩観光開発株式会社 |
| 泉 質 | アルカリ性単純温泉 |
| 効 用 | 筋肉痛/関節痛/五十肩/運動麻痺/痔疾/関節のこわばり/うちみ くじき/慢性消化器病/冷え性/疲労回復/病後回復期/健康増進 |
| 営 業 時 間 | 11:30〜22:00・(スキーシ-ズン9:30〜22:00)
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| 料 金 | 大人400円 小人300円 |
| 戸狩温泉誕生までのあゆみ |
| 伝統的な冬の出稼ぎの時代もスキー民宿の発祥によって解消する | |||||
| 1960年 昭和35年 |
戸狩スキー場に待望の第一リフト、全長274m誕生する 総建設費約350万円の内地元100万円東京のタカラ運動具店250万円出資し建設する 民宿も1泊3食300円「いろりを囲んで素朴な農家の味」をキャッチフレーズに宣伝するも一方保健所からは営業許可とか地方事務所からは建築基準法などの指導で苦慮した |
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| 温泉の話が出始めたのはいつ頃か | |||||
| 1985年 昭和60年 |
あちこちの会合の席で「おら方にも温泉があればいいなぁー」という声が囁かれ始めた 従って文献にも目を通した、弓削春穏薯「飯山ものがたり」にはその昔この地方は海底であった、隆起して出来た山であり、川東に比べて温泉の脈は少ないと書いてあります。 |
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| 1987年 昭和62年 |
戸狩観光協会の理事会で温泉開発が議題になる 湯滝温泉の温泉券を取得して吹き上げまでポンプアップして民宿全戸に配湯の計画を立てる。 |
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| どうしたら温泉が実現できるか | |||||
| 1988年 昭和63年 |
八木建設社長と温泉開発の研究、飯山市と湯滝温泉の温泉権の取得について競技する。 又農水省農地開発課と国営農地のボーリングで地下水の調査研究もする。 スキー場と温泉の関連について大町温泉と八方温泉へ役員で出張して勉強する。 尚、これに伴って戸狩の温泉化について支部懇談会を開き意見を聞く。 |
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| 1989年 平成元年 |
観光協会で10名による温泉開発研究委員会を設置する。 会議を重ねた結果、両索道会社も出資して温泉の新会社を設立する案を取りまとめた。 又中野市の間山温泉の地権者の意見を聞く、日本地下水開発{株}水尾氏より成功報酬方式の新提案もあった、尚この時、市観光課長より戸狩は独自開発が望ましいと提案され役員全員動揺した。 |
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| いよいよ実現するか | |||||
| 1990年 平成2年 |
芝浦工大石川洋美先生を招き懇談会を開く、「他の観光地の真似をしても駄目だ戸狩の自然環境そのままがいい。」とアドバイス 温泉推進委員会では温泉の調査会社を決めるための6社でヒヤリングをし、入札の結果ドリコ{株}と決定。 戸狩観光{株}と太田観光{株}が合併してと借り観光開発{株}となる 対岸の柏尾峰から関田山脈を眺め信大地質学者の赤羽教授から助言して頂き意を強くした。 ドリコ{株}の調査結果に基づき掘削位置の決定する。 地権者の水野豊氏と土地交渉をして買い上げとする。 県に近隣温泉地の同意書を貰い、市長の同意書を添えて掘削の申請をする。 ドリコ{株}と掘削工事契約金「1億円」で契約する、塩害はないか、温度はどうか、湯量少なくないか、自噴するか等々心配すれば「きり」がない程、沢山ある。 遂に神にすがる気持ちで風間神官により開穴式を行い掘削の準備体制に入る。 |
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| 夢の実現に向けて遂に掘削開始する | |||||
| 1991年 平成3年 |
温泉の掘削は合併した戸狩観光開発{株}がドリコ{株}の綿密な打合せして工事に入る。 温泉掘削開始は2月1日〜凍結防止のため24時間操業する、従ってエンジンから電動に変更する。 約4ヶ月の6月3日に待望の温泉が自噴した、深さ1081m毎分420gのお湯が、又41、2度の適温である。 その場で直ぐ技師より「切り傷に良く効くよ」と言われた。 県公害衛生研究所へ提出した結果、アルカリ性単純温泉と認定される。 微黄色を呈し殆んど無味無臭、PH8,8 |
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| 最高だ、温泉だ、夢のようだ | |||||
| 1992年 平成4年 |
早速駐車場に仮設の露天風呂を開設した、周りをよしずで囲んだ素朴なもので大変人気があった。 肌すべすべ何時までも湯冷めしなくて暖かい、大変好評です。 戸狩観光開発{株}が共同浴場{暁の湯」を開設して、いよいよ通年観光地としての基盤を築く。 戸狩観光協会では民宿各戸への配湯のため戸狩温泉事業協同組合を設立する。 |
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| 近隣温泉 | 隠れ伝説 |
| 牟礼の天狗 信濃毎日新聞 2006・2・22 記事より |
天狗はかって飯綱山にいたと言う、地元の人々だけでなく凶作の祭に全国を飛び回って人々の命を 救ったと伝えられている。像の高さは3m程で旧牟礼村が1990年にホームにせっち。日本8大天狗の一人で 庶民に親しまれ数々の霊験を施した。スキー帰りの千葉県我孫子市の女性は「露天風呂で天狗の雪像の 口からお湯が出て面白いと思った、伝説とかってロマンがあっていいですね」とか。 |
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